Friday, November 18, 2016

ブログ13 2016年の冬休み

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」
というのは、江戸時代の俳聖「松尾芭蕉」の名作「奥の細道」の始まりである。
読んだら、湧いてきた温かい気持ちはきっと
「旅こそが故郷」という共感を呼ばれたからじゃないか?

冬休み、これが何番目になるかもう数えたくない。
でも、家でただ、憂鬱な冬雲と黙り込むともなりたくない。
またどっかへ行かせられる。「どこでもよい!どこでもよい!」
と、ボードレールは叫ぶ。「深淵の底に身を投げることを、
地獄であろうと天国であろうと」
「おれたちはこの国に飽き飽きしているのだ、おお 死よ! 出航だ。
空と海が墨汁のように黒いとしても」
この目で確かめた真実の他に、この胸で感じた道の他に、
73億人の言葉で編まれた巨大な黒迷宮しか何も存在しない。
ジェードホワイトの雄弁の廃墟:アテナ
紺青発泡酒みたいなエーゲ海の上でちゅうちゅうと鳴く船客たちと
轟きながら少しずつ島の山脈を見せ始めたその鉄の扉
南欧を薫らす蜜柑の木。私が深く愛してるロルカのオリーブの森とギターの泣き
ベオグラードへの夜行列車(アガサの「オリエント急行殺人事件」)
または真夜中、ベニスの船首で立つとき、満月と涼風を浴びながら聞こえたあの歌:
「昨日は西域の黄土高原の隴山から死んだ兵士の白骨が送られてきたが
今宵は赤い提灯の帳の下で鴛鴦(おしどり)が寝ている
金の詰まった箱、銀の詰まった箱、
両方の鬢に白いものが混じるのを如何しよう
むちゃくちゃにおまえが歌い終われば私が登場し
他人の郷のことだと思っていたことが
実は自分の故郷のことだと認めざるを得ない
実に荒唐無稽だが、ぎりぎりのところまでいくと
他人のために嫁入り衣装を作っているのだ」

もし、余裕時間まだあったら、読書リストに残したものを読もう。
今学期は虚しいことをせずにじっくりと日本史や日本文学史を整理してきたんだ。
他人が気楽に歩き渡る平原は私のヒマラヤ。
来学期は詩歌に戻ることが堂々にできるはずだ。
孤独で読書するのはなんの役に立つのか。それは私の黒砂糖。
去年に書いた通り:

部屋はこんなに狭くても
無限に生長する狭さ自身が
時計、椅子、花を翳り
緩やかに窓外へはい出る

私は本の葡萄園で座り
翳りの爪と碁を打つ
枝もたわわに実る文の匂う陰に
戦局が曇られている

一滴の重い露が
意志の中央に掛ける糸に
凝結し、落ち、充ちて
星や碁石のような川筋になり
私はこの隅からページを漕いて
その隅へ



日本語にしてみたら大変おかしくなっちゃったんだ。
今の私はこれよりもっと上にできなくて、このままで置くしか仕方ないなあ。








2 comments:

  1. う~~ん、難しいですね。冬休みにまず、どこかに旅行に行く。そして、時間が余ったら、読書をするということでしょうか。私も本を読みたいですが、たぶん、仕事で忙しくて一冊も読めないような気がします。早く引退して老後の人生を楽しみたいです(笑)。

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  2. スーさんは読書リストに残したものがたくさんありますね。冬休みにたくさん余裕時間があるはずです。スーさんはやはり多読と精読をするのが好きですね。本を読めば読むほど、たくさん新しい言葉が学べますね。日本語や日本の文化をもっと分かるために、私もならべく日本の本を呼んでみたい。自由時間がもっとあれば、いいのになあ。

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